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2005/08/31

海外進出とショコラティエ

7月、大学時代から姉妹のように仲良くしてた友達が
ダンナの大学院進学についてアメリカに行ってしまったのを皮切りに、
最近私の周りは便乗型海外進出ブーム。

彼女が行ったのは、アメリカはヴァージニア州シャーロッツビル!
私の大好きなミステリー作家パトリシア・コーンウェル
「検屍官」シリーズの舞台として描いている土地なんだけどさ。

シリーズが進むごとにどんどんその犯罪の質も重くなっていくから
読むに耐えないときもあるんだけど、続きが気になるからそうはいかなくて。

ケイ・スカーペッタって女検屍官が主人公の話なんだけど、
ケイが浜木綿子だとしたら、左とん平的ポジションの刑事がいて、
(↑「監察医 室生亜季子」参照)
その刑事が、必ずケイの窮地に駆けつけて危機から救うわけよ!
だからうまいこと最後は「先生にぁ、かなわねぇや。あっしはここらで・・」て具合に
お決まりのラストが見れるのかなー!? なんて思っていたら
刑事さしおいて、ケイに恋人(でも不倫)できてさ。その人がむごい殺され方するわ、
そのおかげで左とん平ともうまくいかなくなるわ、
ケイも精神を患っちゃうわ、姪はレズだわ・・もーしっちゃかめっちゃかでさ。
。 そんでその舞台はほとんどが、シャーロッツビル!っていう。

友達から「ここは学生街のサワヤカな雰囲気の場所だよ!」なんて連絡が来たときにゃ
「あんた! そこは数ある州の中でもダントツの犯罪都市だよ・・」って
告げたほうがいいのかしらとドギマギしたもんだったけども。←入り込みすぎ
出発前はバタバタしてたからゆっくり会うこともできず、
私の寂しさをよそに、サワヤカな笑顔を残して旅立ってしまったけどね。
でも、これでアメリカ行くとき、宿泊費タダかと思えば悲しさも吹き飛ぶけども!←コラ


そんな中、さらにアメリカづいてる私の周りに、またアメリカ進出の女子が!
彼女は前の会社にいたときの、取引先の営業事務の子で、
うちの会社に資料持って現れた瞬間から「かわいー! 友達になりたい!」と思った子。

取引先の人となかなか仲良くなることってないんだけど、
彼女は私が前の会社を辞めるときも最後の日に花束を持って来てくれて。
その気持ちがすごく嬉しくて、いつか私も彼女に!!って思ってたから
今回はどんだけ時間なくても会うつもりだった。
その子も、だんなさんの会社の都合でボストンへ。

出発があと1週間もないという話だったから、
彼女の会社のすぐそばにある、「ラ・メゾン・ドゥ・ショコラ」へ!
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ここでは、冷たいショコラショー(チョコレートドリンク)も飲める!
トリュフもおいしそう★などと店内5往復くらいしながら
いろんなものを眺めていたんだけど、そのトリュフは一粒300円也。今回は断念。
結局、チョコのアイスとソルべのセット、チョコレートケーキ(正式名忘れちゃった)を注文。

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<チョコレートアイスと                <チョコレートケーキ \720>
 ショコラカシスのソルベのセット ¥960> 

アイスは、濃厚なチョコレートアイスクリームと、
カシス風味のチョコレートシャーベットの2色。
併せて食べてみると、クリームで口の中全体に広がったチョコが、
カシスの甘酸っぱさで爽やかな口当たりに変わるあたりがグッジョブ!

そしてチョコレートケーキは、しっとりとした食感で、
クリームとスポンジが口の中で溶ける感じ。
どちらもチョコを食べてる幸せにどっぷり浸かれる実力派!
まぁここでこんだけホメちぎったけど、
その場では「うまーーい! ほんとうまい!」しか言ってなかったけどさ。

おいしいものも食べれたし、楽しい会話も弾んだけど、
やっぱり寂しい。そしてうらやましいーーー!
私も絶対行くぞーーっ!

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2005/08/28

江ノ島 初上陸!

江ノ島 初上陸!

今日はお昼までダラダラしてたんだけど、
夏が終わる前に海に行きたいぃ!!
という私の希望が通って、江ノ島に向かうことに!
今日はこれを食べてきたーー!

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<海鮮丼 ¥1600>

なんだかんだで2時間くらいで到着!
行ったことなかったから分からなかったんだけど、島自体が山。
登りたくないなぁ・・・と思ってたところに「エスカー乗り場」なるものを発見!
ミニゴンドラみたいなもんかと思ってたら、
ただのエスカレーターで鼻水でそうになったけど。
かわいいね、エスカー。でも風情はナシ。

結局自力で登らされ、頂上に着いてからまたさらに山の反対側の下り坂を進むと、
急に海が開けてきてそこにあった岩窟へ!
うちの相方は、洞窟とかが大好きだからどこか行く度に
洞窟めぐりに付き合わされるよ。
最後の岩窟には竜の鳴き声が響き渡っててちょっとしたお化け屋敷風。
奥を覗いたときに竜のオブジェみたいなのがチラリと見えた瞬間、
「ひぃぃ!」って声でちゃってさ。あーいうのナシにしようよ!

その岩窟出たらまた下った距離をひたすら登る登る。
山の反対側にこそ、要エスカー!って言いたいよ。
頂上に着いたころには意識が朦朧。
でもそんな中見た夜景は最高だった!

帰りは車で海岸沿いをぶっ飛ばした。
私の母の実家は猟師。もともとまん前が海っていう環境でそだったから
なんだか懐かしい気持ちになった。
しかも、海岸沿いにたくさん雰囲気のいいバーみたいなのがあって
「海鮮丼もよかったけど、こっちにくればよかったねー」なんて
ちょっと後ろ髪引かれる思いで帰ってまいりました。
とか言いながら、車に乗って20分くらいまでは意識あったんだけど、
はっと気づいたら家の近くだった。今日はぐっすり眠れそうですわい。

でも、よく考えりゃ、海行ったつもりが山!!
ってことになってんだけどさ。結局今年は海に入ってない・・

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2005/08/23

アンドレアス・グラッスル

これは本当に残念でした。

夢を持って見ていたのに。
男の名は、ドイツ人のアンドレアス・グラッスル(20)。
あの「ピアノマン」として全世界を騒然とさせた記憶喪失の男の人。

でも、これだけの期間、よく人をだませたなあ・・
本人にだますつもりがあったのか、言い出すタイミング失っただけなのか、
ちょっとわからないけど、見上げたもんだよ。

しかも、周りから情報提供があって判明したんじゃなくて、
自分から言い出すまで誰も、
「あれ?あいつアンドレアスじゃね?」って話が出なかったわけだからさ。
哀しきアンドレアス。誰か探したれよ。っていう。

ちなみにニュース記事はコチラ↓

謎のピアノマン」は芝居 英紙報道 20歳のドイツ人、すでに帰国

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 【ロンドン=蔭山実】英国南東部の海岸で四月に保護され、
「謎のピアノマン」として世界的に話題となった身元不明の男性は実はドイツ人で、
芝居をして医師らをかついでいた、と二十二日付の英大衆紙デーリー・ミラーが報じた。
報道を受け、ドイツ外務省は同日、名前は明かさなかったものの、
この男性がドイツ南部バイエルン州出身の二十歳で、
今月二十日にドイツに帰国したことを確認した。

 同紙によると、看護師が二十日にこの男性に面会し、
「今日は何か話してくれるか」と尋ねたところ、
男性は「はい。話します」といきなり答えた。
保護されてから約四カ月間、何も話さなかった男性が
ついにわれを取り戻したと看護師はあぜんとしたという。

 ところが、男性はそれまでも話すことができなかったわけではなく、
自分はドイツ人で、「父はドイツで農場を経営し、姉妹が二人いる」と
ちゃんと話した。パリで仕事をしていたものの、職を失い、
ユーロスターで英国に渡って自殺しようとしたところを警察官に保護されたとも明かした。

 男性は保護された直後、ペンと紙を渡されてグランドピアノの絵を見事に描いたが、
それもとっさに思いついたまでのことだった。
礼拝堂のピアノでクラシックの曲を弾き続けたというのは間違いで、
実際は一つの鍵盤をたたき続けただけで、男性もピアノがうまくないと認めたという。

 病院では当初、記憶喪失とみて音楽療法や絵画療法を試したものの、
効果はなく、その後は自閉症の兆候もあるとみて治療を続けていた。
自殺しようとした際に背広や靴から身元確認につながるようなラベルを
すべてはがしていたことも自閉症と関連があるとされたが、
それも男性の策略だったとされる。

 病院では「悪ふざけと思えるようなところはまったくなかった」と語るものの、
むだな治療に多額の費用がかかったとして男性を訴えることも検討しているという。
(産経新聞) - 8月23日3時18分更新

やっぱ言い出せなかっただけなんだろうね。

「どーしよ!! 思いっきり記憶あんだけど・・・しかも、ピアノ弾けねーー!!
誰だよ!弾けるとか言ったやつ! あードイツ帰りたい・・」とか
夜な夜なベッドの中で葛藤してたかもね。
しょーもない葛藤を勝手に想像してみたけどさ。
にしても残念だった・・・現代になかなかそんなドラマは落っこちてないかぁ・・!

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2005/08/22

里帰り日記 ~盛岡旅情編

<帰省4日目 盛岡>

なんだか腹具合が悪い。
赤飯を飽きずに毎日食ったせいなのか。
とにかく寝ても覚めても痛い。

北海道に帰るという弟を車で送ったあと、すっかり寝込んでしまった。
寝ても痛いんだから仕方がないと、のっそり起きていったら
いきなりの地震! 震度4。そしてかなり長い。
トイレからくぐもった声で「動くな!! 動くな!!」と叫ぶ父の声がこだまする。
トイレの中の父の尻具合などをぼんやり考えていたら地震がやんだ。

弟に慌てて連絡するも、なかなかつながらず、やっと聞いてみると、
新幹線が止まったとの知らせ。なにはともあれ無事は確認できたので一安心。

ニュースを見ると、明日から遊びに来ることになっている友達が住んでいる、宮城の震度は6。
大慌てでメールすると
「いやー。いまソフトクリーム食べてたんだけど、クリームが落ちないか心配でさ。
バランス保つのにたいへ・・・(以下略)」との返信。
ここは心配の必要がなさそうなので、別の友達に連絡を入れようとしたのに、まったくつながらない。
その何分か後に、連絡を入れようとした彼女から「食器全滅。仙台大嫌い!」とのメール。
「仙台を嫌いにならないで。お願い」といった主旨のメールを返信。

だいぶ落ち着いたところに、今度は東京の友達から
「あたしゃ、震度3でも死ぬかと思ったよ。私は地震の影響で死ぬ前にショック死するタイプ」とのメール。
確かに、東京の方が「直下型がある」とか言われて、メンタル的にじわじわと脅かされてきてるから、
地震が来るたびに「これかっ?! 今回なのか?!」と
いちいち大きな覚悟が必要になるよね。
そのときパンツいっちょでも飛び出す勇気があなたにありますか?って話で。

私はいざとなったら飛び出すかな。いや、やっぱり理性が邪魔する気がするなぁ・・
それよりなにより直下型の地震なんて起こらないでほしいよ!!


<帰省5日目 盛岡散策>

morioka 昼すぎに、元会社の同僚で、いまは宮城に住んでる友達がやってきた。

駅に迎えに行って、盛岡の駅前を改めて見る。
いやー、空が広い。


「城が見たい」という彼女の要望どおり、
さっそく岩手公園(盛岡城跡地)へ。

moriokacas

さすがにデートスポットで、
「あれ?学校は?」と問い掛けたくなるほど
制服姿の高校生が目立つ中、城好きの女子二人が
ウロウロ歩き回っては、シャッターを切る。という行動を繰り返す。
元々城の本丸があった場所にたどり着くと、
彼女のシャッター音がさらに加速する。

honmaru 気づけば、こんなただの石に、人も入れずに本丸の写真だけで、
5枚くらい使っていることに気づき、
何枚か削除したりしているうちに日が暮れる。
でもこのただの石も、盛岡藩の盛衰を眺めてきたのかと思えば
歴史のロマンを感じずにはいられないんだけど!

ちなみに南部藩の藩主の銅像が置かれていたとされる台座のみも残っていたんだけど、
昔は朝廷に反発したとしてなかなか認められなかった南部藩も、
やっとお国のために尽力した。ってことが認められて銅像にしてもらえたのに、
今度はその銅像が戦争のために、鉄となってお国のために戦ったらしい。
認められたか。と思えば肩透かしを食らうような立場の南部藩。
田舎もんのいい人ぞろいだったからそうやって利用されたのかなあ・・
いや歴史を紐解けばもっといろんなことが分かるに違いないが・・

moriokacas2 ちょっと京都を髣髴とさせる風景だったので撮影。
が、いかんせん構図が・・・ちょっと斜め。



<帰省6日目 盛岡散策2>

私の運転で、改築中の母校を見に行く。

niko 完成予定図、なんかのアパートみたい・・
なんて思いながら、校舎の周辺をウロウロ。
もう盛岡では夏休みが終わって授業が始まっているみたいで、
私達が居た頃のままに自転車が置いてあるのを見て
すごく懐かしい気持ちに駆られたよ。
高校時代の気持ちに急にタイムスリップするような。

そのタイムスリップしたままの気持ちで、
よく通ってた駄菓子屋さん(?)の「田中商店」へ。
tanaka 店番のおばちゃんがすごい肌ツヤがよくてかわいい人だったんだけど、
今はどうしてらっしゃるのかな・・
なんて思っておそるおそる訪ねていってみたらご健在!

私達が学生の時にすでに60歳くらいだったんじゃないかなー?
と思うんだけど、あまり変わってる印象がなくて嬉しかったよ!

とっても嬉しい気分のまま、今度は学生の時に
カキ氷を食べに行ってた「丸竹餅店」にダンゴを食べに。
ここの「3種盛り」ってのがおいしいらしくて、抹茶と一緒に注文。
腹痛をものともせず、一気に平らげた!

mochi おもちは「きなこと黒蜜のあべ川もち」「くるみもち」「ごまだれもち」の3種。
全ておいしかった!
友達は「この緑色の何?」と聞いてたから「あー」と思ったんだけど、
うちの方では「きなこ」といえば「緑色」。
東京に行ってから「きなこもち」を食べたときに茶色のきなこでびっくりしたくらいだから。
抹茶がかかっているみたいで見た目にもキレイだし、味も同じ。
私は緑の方がやっぱり好きだなー。

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里帰り日記

<帰省 1日目 東京~盛岡>

先週一週間、会社全体のお休みだったので、思い切ってギリギリまで盛岡に帰ってきた。
新幹線に乗り込む段階からやけにワクワクしてしまい、お土産に5000円以上かけてしまう始末。

家に帰ったら、一番会うの楽しみにしてた犬に、吠えられるわけですよ。
「グルル・・・うっぅうう」とか唸られるわけですよ。
半年前までは「きゅーんきゅーん」なんてすり寄ってきてたくせに、
アンタのウンチもいやいやながらも片付けてやってたのにぃ!

「マックー♪」なんて頭なでてたら、いきなり前歯剥き出しにして、すごい角度から睨んでたから
「うへぇ!」とばかりに退散したら、勝ち誇ったように「バウッ!」と吠える。っていう。

mack
ちなみに犬の名前は「マック」。
なんでかって、色が「真っ黒」だったから。
真っ黒⇒まっくろ⇒マックロ⇒マック。 となったらしい。

え? 真っ黒なら「クロ」でいーんでは・・!?と思ったそこのアンタは正解。
「マック・・そっかー、そこ取っちゃったか。」っていう妙な脱力感漂うネーミングだよね。
マックときたら、自分が一番偉いと思ってるからなのか、
いつも自分のことしか見てない親たちが、いきなりやってきた
デカい女と男(私と弟)ばかりにご執心な様子を見たからなのか、
思いっきり敵意むき出しなんだもんなぁ・・。
でもなんだかんだで実家はイイ!
空気も澄んでるし、クーラー要らず。
うちは基本的に家のあらゆる窓、玄関に至るまで
家族がいるときは開放してあるから、風通しもとってもいいし。
実際子供育てるならこういうところがいいなあーー。
この日の夕飯は「エビフライ」と、帰省の度にリクエストしておく「お赤飯」だった。
ごちそう=エビフライ。という母親のごちそうチョイスが、
自分達を子供時代に帰してくれるみたいでなんだか心地いい。

ちなみにこの「お赤飯」。東京で売っているものとだいぶ違う。
うちのお赤飯は、もち米に甘納豆を入れて炊き上げるもの。
だから甘い。

小さい頃は、東京で売っているような赤い色の、
ごま塩がふってあるお赤飯が出ると、味がなくて食べられなかった。
今は「こういうものだ」と思えるから食べられるけど、やっぱりちょっと苦手。
「お赤飯が甘いー?! ありえん」という方も、一度食べたら病みつきカモ!

<帰省2日目 盛岡~青森>

朝早く起きて、まずは父親と母親の実家へ。
今回は父親との二人旅。

こうしてゆっくり二人で出かけられるのも、あと何年かな・・・
なんてあと5年以上続いても、あっちも迷惑だろうけど。

車でゆっくり4時間くらいかけて青森へ。
父親の実家の目の前は、トウモロコシ畑と森。

kuchi
普段は東京のコンクリートジャングルに生きる、
私の原点はここなんだ。と思うと密かな感動を覚えるよ。

<帰省3日目 青森~盛岡>

母親の家がホタテの養殖をしているため、売り場のホタテを撮影。

hotate 「ホダデ、こんどし あつしたはんで いっぺ すんだじゃ!」と
(ホタテ、今年 暑かったから たくさん 死んだよ!)
叫びながら老婆がにじり寄ってきたので、よく見ると祖母だった。

「んだのー。 んだば 商売に なんねがったべ?」
(そうなんだー。 じゃあ 商売にならなかったでしょ?)
と聞くと

「いまぁ つめて みんずさいれでぇ ホダデば もってきてらはんで くなぁ?!」
(今 冷たい水に入れて ホタテを持ってきたから 食べる?!)

と言われた。


答えになってなかった。


でもホタテは食った。

おいしかったー。

うちのホダデは日本一だよっ! あっちゃ!

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